2014年01月29日
能登半島便り

初めての旅は37年前の一人旅
当時大阪に住んでいた弟を訪ねたあと、京都観光をして、特急・雷鳥で金沢へ入った
五木寛之も当時、同地に住みながら、「四季・奈津子」など精力的に執筆活動をしていたが
彼の初期の作品、「浅野川暮色」「朱鷺の墓」や、「内灘夫人」=学生運動の果てに
内灘で過ごす主人公の葛藤に興味を抱いた
「よーし内灘へ行こう」と、ローカル線で晩夏の内灘海岸に着いた
どす黒い日本海の荒波が打ち寄せる砂浜にある海の家は閑散としていた
おばちゃんが一人寂しく腰掛けており、僕が沖縄から来たと話したら、
親しくしてくれて、お菓子とサイダーなどをくれた
そしてラジオからは森山良子の♪さとうきび畑♪が… ♪ざわわ…ざわわ…♪が
晩夏の切なさを一層書き立てた
そして、やはり沖縄へ戻ろうと思った
Posted by takashi1 at 17:56│Comments(0)